その人から知らせがあると、心が爽やかになる人がいます。

その人は、電話口で常に明るく”はじけるような声”で、話が始まるのです。
ほんの数分の会話であっても、大きな得をしたような気持ちになってしまいます。

生きていると、様々なことがあります。
この人のこの声を聞くと、癒され、励まされる・・・
そのようでありたいと思いますが、現実はなかなか厳しいようです。

ついつい日常の煩雑なことにかまけて”おざなり”になってしまうときがあります。

そうそう、”なおざり”と”おざなり”の意味の違いをご存じですか?

今、このブログを書いていて辞書機能から気付かされました。
”なおざり”・・・おろそかに放っておくこと
”おざなり”・・・誠意にないその場限りの間に合わせであること
どちらもいい加減であることには間違いはないのですが、未来が少し違うようです。

”なおざり”には未来はありません。ほったらかしたままです。
”おざなり”は一時的ですので、考えていないわけではないことになります。

せめて”おざなり”でありたいと思います。
でも、”おざなり”になるとき、そのことが一時的であることを記憶しておかなければ、
言葉だけの行動になって実態は”なおざり”だということになります。
そして、こんなことが、多く反省もしているのです。

爽やかな人の言動の中には”なおざり感”はないように思います。
言動のなかに、相手をリスペクトした思いを感じることができる。
周りの人を、誠意と信頼の空気で包み込んでしまう。

まだまだ、遠いようですが少つづでも近づいてみたいと思っているのです。