夢塾 ~私の夢探し~

人生を豊かに変える毎日の気付きを書き込みます。

カテゴリ: 実現

ブログを初めて、5ヶ月と15日人との出会いの激動の時間を過ごしてきたように思います。

その頃、東京までセミナーに通うことを決断しました。
広島に住んでいる私が、東京までセミナーに通う・・・
今、振り返れば、無謀な決断でしたし、大きな冒険でした。

でも何故かそこには人と人との繋がりが待っているような漠然とした期待があったのです。

そして、それは裏切られることは有りませんでした。
そこで出会った人、そこで出会った人からのお誘いで多くの方々と出会うことができました。
嬉しいことに、その数はきっと100人を超えていることでしょう。

皆さんそれぞれに、”夢”を持ちまたは”夢”を持ちたいと日々、キラキラと輝く目で生きておられます。
しかし、そんな皆さんもこれまでの人生が順風満帆かと言うと決してそんなことはないのです。

多くの人たちが、今まで私が経験したこともないほどの苦しみや悩みを乗り越えていました。
そしてそこから、強い力を身につけていたのです。

仲間を支援しようとする、熱い心
自分の思いを達成しようとする、熱い心
自分の事業を成し遂げようとする、熱い心

挫折でつちかった、冷静な頭
本当の支援(助けすぎない)の為の、冷静な頭
自立を模索する、冷静な頭

私より若い、多くの方々の真摯な姿勢に学ばされた5ヶ月間でした。

こんなすばらしい若者たちがいることに、感動し感謝し・・・
明日の世界は明るいと思えているのです。

そして、私も動き出さなくては・・・と考えているのです。

ある日、引き継ぐべき業務を教えていただけないことを、ある先輩に相談しました。
相談と言うより、それは愚痴だったのです。もっと、違う言葉を期待していた・・・

でも、そのとき先輩は、私の人生の指針となる一言を投げ掛けてくださいました。
「引き継ぐべき書類まで隠されてる訳じゃなかろう。自分で調べれみればいい。」

青天の霹靂のように、その言葉は私の頭から身体の中を突き抜けたのです。
”そうか!自分で調べられるんだ。”

それは、税務申告の書類でしたが、過去5年間の資料を用意し勉強を始めたのです。
もう、かなり前の話であることと、会社の規模も小さかったので、それほど難解な申告書類は有りませんでした。
5年分もさかのぼれば、何とか概略はつかめるようになったのです。

言葉と努力と成果が一致した瞬間でした。

それから先は人生の節目ごとに、その言葉が私の心で響いています。
”自分でやってみろ!・・・そうだ、自分でやってみよう!”

この言葉が、誰にでもこれほどまでに心に響くかと言うと、そうではないことも事実です。
良き時に、善き師に出会うこと・・・
その出会いの瞬間を逃さず、柔軟な心を持つことを、忘れてはならないと思います。

心に響いた事に従って、努力と工夫を繰り返し、小さな成果を積み重ねること
そんな些細な事が、人生を豊かに導いてくれることに気付かされたのです。

残念な事に、その先輩にこの世でお会いすることは叶わなくなりました。
でも、いつかお会いできることがあれば、
「あなたが、教えてくださったことはこんなに私の生き方を変えました。」と、楽しくご報告したいものだと
感謝を込めて、思っているのです。

今年初め、「iTune」の「podcast」に興味を持ち、その中から、鶴岡秀子さんの「夢実現の法」というサイトを聞き始めました。

小気味よく楽しい話の中から、毎日がワクワクとしている”つるちゃん”の生き方に聞いている私まで楽しくなってきました。

楽しそうな”つるちゃん”の生き方も、よくよく聞いてみると想像を絶するような困難な事の連続です。
でも、”つるちゃん”の人生がはためから見ると、順風満帆なように見えるのは彼女の夢のイメージがそのときそのときにはっきりと描ききれていて、その通りに進めて行くからなのなと思っています。

「棚からぼた餅」の人生なんてあり得ないのでしょう。
いえ、あり得ないと思っていた方が良さそうです。

そんな、こんなで私の人生も動きだし、
先日、ふとしたきっかけから鶴岡秀子さん本人にお会いすることができました。

本当に気さくで、周りを気遣い楽しい雰囲気を作り出す・・・
ただ、ただ、楽しいではなく、いつの間にか彼女の”夢”の話に聞き入ってしまう。
そんな、興味深い方だったのです。

今、彼女が始めている三つ目の事業は「伝説のホテル」と言う、千葉の九十九里に建設するホテル事業です。
5~6年前には何もない白紙の状態から、ご自身が描いた”7つの教え”だけを頼りに、
敷地の誘致、資金集め、設計図、住民の同意・・・
そんな、困難な事を断られ続けながらも最後にはすばらし方々との出会いが待っている。
進めれば進めるほど、彼女のフォロアーが増えて行き、すばらしい仲間が後ろから、横から彼女を支えていく。

彼女はその時々で、まっすぐ前を見つめる素直な視線で語り続けているのです。
その”夢”のすばらしさを・・・
その”夢”の先にある社会貢献を・・・
その”夢”の先にある笑顔を・・・

”夢”は子供が描くことだと思っていませんか?
大人の本気の”夢”は、これほどの影響力を持つものなのだと感動したのです。

本気で、何かに取り組むみ、あきらめず試行錯誤を繰り返しながら続けて続けて続けきること。
そんな、本気の姿勢の大切さを学ぶ事ができた出会いに感謝しているのです。

淡々とした日々が続くよりも、さまざまなことが起きているときのほうが、気付きが多くなります。
それは、起きていることを振り返りながら、自分自身をも振り返ることができるからだと思います。

今日は”目覚める”ことをお話しします。

”目覚める”を辞書で引いてみると
1.眠りから覚めること
2.感情、知覚、本能など、ひそんでいたものが動き出すこと
3.迷いが消え去って本心に立ち返ること
とあります。

確かに、何かが起きているときは感情、知覚、本能が敏感に動き出しますね。

そんなとき、自分の目指すものは本当に何かと考えていくと、
自分自身の利己主義な部分が見えてきます。

そして、自分が本当に目指していることに対して、間違っている自分自身を修正しなければと、思うことができます。

これが、迷いが消え去って本心に立ち返ることなのかと思います。

となると、すべての意味が繋がっていることになりませんか?
「起きていることに気付き、感性が動き出し、迷いが消え去り本心に立ち返る」

でも、人間は悲しいかな忘れっぽいし、わがままです。
「起きていることに気付き、感性が動き出し、迷いが消え去り本心に立ち返る」
ことを、何度も繰り返しながら、このレベルを上げていかなければ、
いつの間にか”元の木阿弥”になってしまっているようです。

起きていることを、真摯に受け止め目覚めることが必要なようです。

朝晩は、ほんの少し虫の音が聞こえ始めました。
暑い日は続いても、お月様は大きく夜空を照らしてくれることでしょう。

今日はセルフエスティームの話をします。
この言葉は、“自分としても誇りに思い、他者からも充分に認められるであろうという自負心・自尊心”
のことです。

アメリカの統計では、25人に一人くらい「反社会的人格障害」と呼ばれる人たちがいるようです。
これは、”良心”を持たない人たちと言われています。
残りの24人の中にも、数%の割合で「反社会的人格障害者的」な人たちもいることでしょう。

つまり、生きて行くには”このような人たち”と”どのよう”に付き合って行ったらいいかが問題となります。

そんな時この”セルフエスティーム”を持つことが、大切だと感じているのです。
それは、自分の考え方、生き方に「尊重感」「肯定感」を持つ・・・”誇り”を持つことだと思います。

でも、これは”誇り”が”おごり”ではだめなのです。
自分自身を、過大評価も過小評価もしてはなりません。

第三者として自分を見つめる、冷静な心の目が必要になります。
見つめることで、自分の考え方・生き方に「尊重感」と「肯定感」を抱けるところが見つかれば、それが自分の”強み”の部分です。
その部分に誇りをもち、その部分では小権力者にも融合しない。
淡々とした姿勢が必要になると思っています。

こんな冷静な心の目で自分自身を見つめると、劣っている部分も確実に見え始めます。
穴が有ったら入りたい心境にもなります。
これも、”セルフエスティーム”も持てるようになるために必要なプロセスだと感じています。

自分の劣っている部分を十分理解し、それに改善を繰り返していくことが”セルフエスティーム”を持つことの第一歩になりそうです。

ここから先ずは取り組んで行きたいと思っています。



この暑さはいったいいつまで続くのでしょう。
10月まで暑い日が続き、秋が短く、冬が寒いという長期予報が出ているようです。

日本の移ろう四季の美しさを刻々と味わうことは難しいようですね。

今日は、目的をもって動き出すことをお話しします。
何かの目的があっても、動き出せないことがあります。
心が萎えていたり、目的が曖昧であったり・・・

心が萎えているいるときは、自由な発想も自由な行動も起こせないときです。
少し時間をかけて、心を整える準備をするときなのかもしれません。
こんな時、”良きときに、善き師にに出会うこと”これができるチャンスなのだと思っています。
心は萎えていても、心の目だけはしっかりと大きく見開いて、善き師を探してみてください。

目的が曖昧であるときは、目的のための動き方が分からないと感じています。
マネジメント、パーソナルマネジメント、メンタルマネジメント、ナレッジマネジメント・・・
さまざまな本を読んでみますが
なるほどと思っても、実際に活用するのは難しい・・・

今話題の、「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの”マネジメント”を読んだら」という本があります。
この本では、女子マネージャーが「ドラッカーの”マネジメント”」の本を参考に、野球部を強くして行く課程が描かれています。
ちょっと敷居が低く、これなら動きだけそうな気がしてくる本です。

この本を”師”として、私も動き出してみようと思っています。


最近、様々な人間関係に翻弄され、心の元気がなくなっていました。
そんな夜、眠れなければ起きて何かをすることにしています。

今朝も、そんな日でした。
したい計画のイメージが描けていないことが、元気がなくなった最大の理由だと感じました。
それを人間関係のせいにしていました。

ネットで、パワーポイントを購入
Podcastの視聴・・・うん!うん!だんだん元気が出てきました。

中村文昭さんのPodcastの中から「引き算の人生」の話をします。

生まれてから死ぬまでの間、あなたは人生を積み上げていくと考えていませんか?
私も、そう思っていました。
自分のスキルを磨いて・・・自分の経験を通して・・・人脈を作って・・・なんて

でも、本当に大切なことは”人生の最後をどのように迎えるか”です。

あるおじいさんの話を添えてみます。

~源じいさんと小鳥たち~
源じいさんは、小さなときから小鳥が大好きでした。
でも、若いときには仕事が忙しく小鳥たちの事を考えることもなかったのです。

そんな源じいさんも仕事を辞め、毎日の退屈さにどうしたものかと考えていたある日、
庭の立木から、小鳥の声が聞こえてきました。

そしてその声は、源じいさんの心を揺り動かしてのです。
だって、”おじいさん、一緒に・・・一緒に・・・”と聞こえたのですから、

その日から、源じいさんは小鳥たちのために庭を整え始めました。
何をするのも小鳥の気持ち、
何をするのも小鳥と一緒、

そんな、源じいさんも年をとり、いよいよ臨終の時を迎えるそのとき、
源じいさんを見守る家族とお医者さん、看護婦さんは奇跡の光景に出会ったのです。

源じいさんの布団の上に、庭から小鳥たちがいっせいに集まりはじめ、
源じいさんと会話を始めたのです。

ピーピー、チーチー、ピヨピヨ、チュンチュン・・・
それを見た源じいさんは本当に穏やかな微笑みを浮かべ最期の時を迎えたのでした。

日蓮上人は
”先ず臨終の時を習うて、後に他事を習うべし”
と、言っておられます。

これが、まさに引き算の人生でしょうか。
先ずは目標を決めそれに足りないものを補う人生。

一生を終えた後に残るものは、集めたものでなく、与えたものである。

豊かな人生を目指して、理想の自分を描いてみたいものです。


今日は”熱心”に物事を進めていくにはどうすれば良いかを考えてみます。

”熱心”を辞書で引くと
ある物事に深く心を打ち込みこと。またそのさま。
と書いてあります。

一生懸命は、ある一瞬の物事に関して取り組む姿勢
”熱心”は継続して取り組姿勢

”熱心”には、利己主義に頑張ることではなく、周りの幸せや未来を夢見る姿も感じています。

心を熱くして、物事に取り組む。
しかし、それだけでは物事はうまく進みません。
そこには、さまざまな事情が絡み合うからです。

国の事情、政治の事情、法律の事情、組織の事情・・・

熱心に考えていることが、自分だけの頑張りでは、周りを巻き込み期待だけを抱かせ達成できないという最悪の結果をもたらします。

熱心に考えていることも、それを達成するための冷静な判断力が必要となるのです。

熱心に考えていることを、冷静に見つめ直し、冷静に次の手段を練り、冷静に伝えて、冷静に協力者を増やしていく。

これが「熱い心と、冷たい頭をもて」というよく聞く言葉に繋がっていきます。

熱い心を、まずは冷静に見つめることから始めてみようと思います。

今日はちょっとわがままな話です。

今、自分たちの周りで起きている改善を求めたいと考えていることについて、いくつかのアプローチの方法がありました。

そのひとつを、自分が想像もしていなかったタイミングで、依頼されそうな”うわさ”を耳にしました。
驚いた自分がいました。本当に考えてもいなかったので・・・

そうなると、私の頭の中はイメージが膨らみ始めます。
目指す目的はどうしようか
どんな行動が感動を呼ぶのか
誰にサポートしてもらえばいいのか・・・

ふと、気がつくとやる気まんまんになっていて、周りもそんな雰囲気・・・
でも、不安がいっぱいなのです。
”いや、待てよ。”自分が行動する事で、今までその改善のためにサポートしてくださっている方々の行動を無駄にしないか?
本当に行動できるのか?
目的に揺るぎはないか?

マイナスのイメージが膨らみはじめます。

そんなとき、私の弱点を指摘してくれる同僚がいました。
”ひとりでは、できない”という事を・・・

”じゃあ、本気で考えてそうするか、しないかを決定して!”と涙ながらにわがままを言っている私がいました。
それから、みんなは一生懸命考えてくださったようです。

しかし、そのときの私はほぼ100%依頼はされないだろうと想像していたのです。
みんなにそこまでの覚悟があると思えなかったから・・・

でも、現実は”お願いします!”と、みんなで改善を求め行こうとする言葉が帰ってきました。

私の甘い考えかもしれません。
私がどれだけ行動できるかも未知数です。
でも、みんなを信頼し、みんなで頑張ってみようという、
”うわさ”を聞いたときとは違うどっしりとした「覚悟」が生まれたのです。

このことは、本当に勉強になりました。
相手も自分も「本気の覚悟」が決まり、一体感という”臨場感”生まれてきました。
私ではなく、みんなで行動するという”感覚”です。

まだまだ、始まったばかりです。
ここから、どんなイメージが広がり実現していくのかが、楽しみになってきました。



ブログをかき始めて4ヶ月目になりました。
そして、この投稿が70件目となります。

見てくださっている、皆さん!
ありがとうございます。皆さんがいなければ続けられないことだったと心から感じています。

ネット社会になり「人間関係が希薄になった」と聞くことが有ります。
私自身もこのブログを始める前はそう感じていました。
でも、これは人間関係をつくる新しいツールであって、使い方を間違わない限り、時空を超えた良い方法なのだと感じてるのです。

今は、自分からの発信だけなのですが、もっと皆さんとつながっていると感じることのできるブログのしていきたいと考えています。


今日は、頑張ることを考えてみます。

頑張っているとき、そして頑張り続けているとき・・・
空しさ(虚しさ)が、ムクムクと心を支配してしまうことがあります。
そしてこの空しさ(虚しさ)は、考えれば考えるほど、心の中から取り除くことができなくなります。
そして、頑張っている事をあきらめてしまう・・・

この”あきらめる”ことは、「明らかに究めた」として、少し時間を置いていいのだと思うのです。

すると、やはり自分がやらなくてはならないことならば、次のきっかけが必ず生まれてきます。

でも、この時に前と同じ心ではきっとまた空しさ(虚しさ)が襲ってきます。
それは、自分が頑張っていることを誰かに認めてほしいという”依存”が支配してしまうからです。

今、頑張っている事を第三者の視点で眺めてみてください。
「それは、すばらしいことですね」
「すばらしい感動をありがとう」
「必ず、続けてください」
なんて、言葉が聞こえてきませんか?

これでいいのです。そうやって自分で時々自分を褒めながら、頑張り続けてみる・・・
すると、何かしらに貢献している自分がはっきりと見えてくるはずです。

世の中で自分は決して一人ではなのです。
一人にしているのは自分自身・・・

頑張ることは、顔を晴れやかに保つことだと聞いたことがあります。
晴れやかな顔を保つことができる頑張りを、続けて行きたいと思っているのです。



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