夢塾 ~私の夢探し~

人生を豊かに変える毎日の気付きを書き込みます。

カテゴリ: 現実

大勢の、人生を楽しんでいる人たちに出会っています。

楽しんでいるように見えるのですが、その実は凄く大きな壁に挑んでいるのです。

不思議ですね。人間は壁にぶち当たったとき、悩み苦しみ押しつぶされて、精神までも病んでしまう人も多いと言うのに、
その人たちはその壁を、楽しんでいるように見えるのです。

そんな人たちは、”何のために・・・”を持っていると感じています。

”何のために・・・”この人を支えるのか?
”何のために・・・”この事業をしているのか?
”何のために・・・”現実を変えようとしているのか?

その人たちは壁に挑む途中で、”何のために・・・”が、必ず自分以外の誰かの為だと気付いているのです。
漠然とした、誰かのために今の自分を活かすことを考えている。
活かしきることを考えている。

「自分が挑んでいる壁は必ず社会のためになる。」と、信じているように思います。
そんな人たちは仲間を大切にし、自分の”夢”を語ります。

人生を楽しでいる人たちとの出会いに、感謝しています。
そして、私も壁に挑んで行きたいと思っているのです。

楽しく人生を謳歌するために・・・


東京へ向かうため、地元の駅の新幹線の改札を抜けるときの事です。

年配の地位の有りそうな男性が、大声で怒鳴っていたのです。
「早く、何とかしろ! 間に合わんじゃないか!」
JRの社員は、必死で対応していました。

一瞬、その方と視線が合いました。
でも、それを傍目に見ながら・・・
”そんなに怒らなくても・・・”と思いながら、改札を抜けた私でした。

指定席をとっていた私は、乗る車両の前で手持ちぶさたに新幹線が来るのを持っていました。
すると、さっきの男性が私と同じ車両の前に来られたのです。
”あっ!、さっきの人だ。大丈夫だったんだ。”なんて思っている私を、ちらりとその男性は見たのです。

新幹線が来て、乗り込んだときも話しかけられるほどではないですが、近い席でした。

なんとその方とは降りる駅も同じだったのです。
新幹線の出口付近で、降りる駅に着くのを待つ間も、その方は私の横に立っていました。
そして、またちらっと私と目が合うのです。

そのとき、きっとこの方は、日頃穏やかな方ではないかと思ってのです。
そんな方が、大衆の面前で大声を出し、そんなご自分を責めていらっしゃるのではないかと・・・
そこで、私は声をかけることにしました。

「広島では大変でしたね。」と声をかけると、
「いや。怒るほどの事では有りませんでした。」と、穏やかに応えてくださったのです。
私は、胸のつかえが降りたような気持ちになりました。
そして、その男性も笑顔を返してくださったのです。
「では、お気をつけて・・・」

怒鳴られたJRの社員さんは、きっとその日は落ち込んでおられたことでしょう。
この言葉と笑顔を届けたいと、心から感じたのでした。

今日は新聞、雑誌を出すごみの日です。
内出血は、回復してきているものの未だにDVに悩む主婦・・・
と言った有様で、人目を忍びごみ出しをしなければと作戦を立てています。

今日は、WEBを検索中に見つけた”起きたことのみに心が動く”をお話しします。
過去の記事で、ジャック・アタリのことを記載しました。
サブプライムローンとその後の金融危機を事前に予想した本を出版していたことで昨年NHKで特集が組まれた方です。

その、特集をNHKのオンデマンドで最近視聴し、「すごい!」と思ったのですが、それは”起きたことのみ”に心が動いたのでした。

サブプライムローンや金融危機の前に、この本を手に取ることは決してなかったでしょうし、興味を示すこともなかったのです。

どれだけ見識を持ち、道理にかなったことを、周りが傷つく前に苦しむ前にと予想して、それを訴える人がいたところで、理解を得ることは難しいですね。
それは、ジャック・アタリの予想ほどリアルタイムに起きないからです。
たいていの場合、「オオカミ少年」のような悲しい結末におわってしまうのでしょう。

凡人の知識では、それほどの予想などできるすべは有りません。
でも、良いことと悪いことをどちらも想定して、どちらが起きても未来につながる選択をすることができればと思っているのです。

先日、ソフトボールのイベントでキャッチボールをしていて、私の未熟さからボールが顔面に当たり、両目がK.O.ノックアウト状態です。
真っ赤に晴れ上がった、両目を何とかしようと奮闘努力中・・・
内出血を早く治す方法が有れば、教えてくださいね。

今日は生かされていることを、お話しします。

生まれてきて、自分が自分で有ることを不思議に思ったことはないですか?
なぜ、私はあの人ではないのだろう・・・
なぜ、自分は自分なのだろう・・・
当然なことを不思議に思っていました。

でも、どう考えても自分は自分なのです。
そして今、この世の中を生きている・・・いえ、生かされているのです。

人生は、思い通りに行かないことも多いものです。
生かされている人生を、途中でやめてしまう人も大勢いらっしゃいます。
途中でやめなければならない心の痛みはいかばかりかと思います。
どれほど、悩み苦しまれたことかと・・・

でも、壁にぶち当たっても、孤独になっても、視野を狭くして下ばかり見ないでください。
大きく目を開いて、周りを見渡せば心配してくれて、協力してくれる人たちがきっと待ち構えているはずです。
少し見ただけでは、見つからないかもしれません。
でも、必ず見つかります。生かされているのですから・・・

ものごとは、とらえ方一つで幸せ感は得られるものです。
K.O.ノックアウトになっても、心配してくれて早く治ってと心から願ってくれる人たちがいます。
どうしようかと思いつつも、幸せ者だと思っているのです。

先日、無罪が証明された厚生労働省の村木厚子さんは、130日余りの勾留生活の中でも1度も孤独を感じなかったといっておられました。
精一杯、生かされるべき人生を生きてきた証のような気がしました。

自分の生きるべき道をコツコツと、生かされていることに感謝しつつ進んで行こうと思っているのです。

日中はまだまだ暑い日が続いています。
九月下旬というのに、庭に出ると蚊に刺されていしまいますが、
秋の気配はいたるところに見えていますね。

今日は旅に出ることをお話しします。
昨年の今頃、エジプトを旅をしました。

長い年月に風化していく建物を見ながら、そこに暮らしたであろう人たち、
そこで起きたであろうさまざまな葛藤に思いをはせ、感慨深い旅になりました。

旅の計画を思いつくと、萩原朔太郎の一片の詩が私の心に浮かび出ます。
”旅行の楽しさは、旅の中にもなく後にもない。ただ旅に出ようと思った時の海風のように吹いてくる気持ちの中にある”

”ただ”という言葉と、”海風のように吹いてくる”というくだりには、心がキュンと締め付けられるほどの感動を覚えます。

ここを旅しようと・・・・と決めたとき、その地には暮らしていたほどの親近感を覚えます。
そして、そこで目にするであろう過去の遺物に、そこで暮らしたであろう人たちの日々の暮らしの歴史を想います。

ツアーで行く旅など、それほどの出会いも、深くその地に触れることもなく、
”行ってきた。”と、いうだけのことで終わることもあります。

でも、”海風のように吹いてくる気持ち”を楽しんでいればいるほど、
その旅を充実したものにできるような気がしているのです。

この気持ちは旅だけでなく、何か新しいことを始めるときにも通じるものがあります。
ワクワク、ドキドキとする気持ちを楽しむこと。
その気持ちが、新しい感性、新しい出会いを招いてくれていると感じています。

”だた””海風のように吹いてくる”気持ちを大切にしたいと思っているのです。

肌寒さに目が覚めました。
空の雲も、知らないうちに秋の気配になっています。
自分が気付かないうちに、周りの状況は整えられて行きます。

今日は健康であることをお話しします。
もう、六年前に初期の癌が見つかりました。
手術で切除するまで、癌かどうかもわからないほどでした。

その時にさまざまな気付きがありました。
癌細胞にも危険度のランクがあること。
進行度合いにもランクがあること。
そして、このランクによって、その後の治療の選択肢が決まってしまうこと。

患者は医師から提示された選択肢に従って、自分の治療方法を決めなければなりません。

当時、大学病院の診察待合室は大勢の人で埋まっていました。
自分の順番が来ても、後ろの重篤そうな人たちの顔が浮かび、
何とか5分以内で、お話を済ませようと質問事項のメモ書きを持っていったものです。

その後、さまざまな健康保険上の改正が行われたのか、以前より丁寧で時間を掛けた診察をしていただけるようになりました。

また、受付から検査、診察、精算までの流れもシステム化され、待つ時間は短くなりました。

発病から5年が過ぎ、大学病院に通院するのも1年に1回になりましたが、
この1回で出会う人たちに健康でいることの幸せを教えていただいているように感じています。
そして、出会った人たちの病状が少しでも緩和されることを願わずにはいられないのです。

私たちの気付かないところで、病気で苦しんでいる人たちのために、
日々、工夫と改善を繰り返してくださっている方々にも感謝せずにはいられません。

”健康であること”に奇跡ような幸せを感じ、生きているのではなく、生かされていることを知ることができました。

そして、生かされている自分に何ができるかを考えなければならないと思っているのです。

昨晩は、梅雨明けのような激しい雷雨でした。
天気予報では気温が下がるとのこと、体調管理に気をつけなくてはなりません。

今日は自信を持つことをお話しします。

”自信”を辞書で引くと
自分で自分の能力や価値などを信じること。
自分の考えや行動が正しいと信じて疑わないこと。
とあります。

自分の能力や価値はどのように評価すればいいのでしょう。
自分を過小評価も過大評価もしないことが必要なように思うのですが、
ともすれば、立場にあぐらをかき過大評価をしてしまったり、
こんな私に何ができるのだろう・・・と過小評価をしてしまいがちです。

何かが起きたとき自分が必要とされるなら、その部分は他人が”この人なら何かできるのではないか”と評価してくれている部分と信じていいのではないでしょうか?
また、自分がしたいと思っていることも信じれる部分となると思います。

「きっとできる」と自分が自分を「信じて疑わないこと」
そして、その方法を試行錯誤しながら真摯に考え抜くこと。

やらなくてはならないことが、大きければ大きいほどその壁にあたる風は強くなり厳しい評価も付きまといます。

「自分にはできないのでは」と疑心暗鬼にもなります。
疑心暗鬼は、自分の心をおとしめることにもなるように思うのです。

他人の評価が気になる。
自分の言葉に自信がなくなる。
自分の行動・判断に自信がなくなる。
他人から評価されなくなる。
という悪循環に繋がってしまうように思います。

厳しい評価も、人が真剣に考えてくれているのだと思うこともできますね。
何も心に留めていなければ、無視されるはずですから・・・

自分の行動が、利己主義でなく利他主義であることを確認しながら行動する。
本当に自分ができることを見極め、できないことは他にゆだねる。

その自分自身への正当な評価が自信につながるように感じています。
自らを信じて、そして周りを信じて一歩一歩進んでいきたいと思っているのです。

九月というのに、蒸し暑さで目が覚めました。

人を信頼することは中々難しいと思っていましたが、さまざまな気づきの中で
少し簡単なことのように感じています。

”自分が信じ続けること”ただ、これだけなのです。

今日は、切っ掛けを作ることをお話しします。

さまざまなことを進める中で、周りの人に切っ掛けを作ることが大切だと
感じています。

切っ掛けを辞書で引くと
1.物事を始める手がかり、糸口
2.歌舞伎などの進行の合図
3.符号、しるし
4.気勢、心意気

切っ掛けを与え続けることは、何かを変える瞬間を作ることになります。

信頼の関係を築けていなくても、やる気がなくなっていても、
常に切っ掛けを作り続けていてくれる人が傍にいれば、
もう一度、挑戦してみようと思うことができます。

そして、切っ掛けを作り続づけてくれる人は待ち続けていてくれる人なのです。

自分の成長を待ち続けていてくれる人・・・

切っ掛けを作り続け、待ち続けていてくれる人はきっと傍にいるはずです。
そして、自分自身も切っ掛けを作り、待ち続ける人で有りたいと思っているのです。

暑さが続いていたり、秋風が吹いたりと安定しない気候で、風邪をひいている人が多いようです。
油断せず、体調に気を付けなければなりませんね。

今日は”心地良いこと”をお話しします。

三連休の間に、千葉県の九十九里で行われたビーチクリーンのボランティアに参加しました。
開催まで、知恵を絞り、工夫と努力を重ね続けたスタッフたちに是非お会いしたいと思ったからです。

スタッフの方々は、ご自分の仕事を持ちながらその日に向かって、睡眠時間2~3時間で取り組んでこられたようです。
途中、さまざまな問題に心が折れそうになりながらも、仲間たちの本気に支えられイベントの終了を迎えたときには、過去の苦しみは”心地良いこと”にかわっているようでした。
そして、傍にいる私たちにもその感動は熱く伝わったのでした。

以前、苫米地さんの著書のなかで、コンフォートゾーンという言葉を聞いたことがあります。
コンフォートゾーンとは自分が心地良いと感じる幅のことです。

苦しいことはできるだけ避けたいと思うのですが、苦しさの辛さはコンフォートゾーンを広げるための試練なのだと感じました。

コンフォートゾーンが広がれば、その先に達成感と充実感が見えてくる。
そんな先を見据えて、日々を過ごしていきたい思っているのです。



出だしの文章が、すーっと出てこない日は書き始めることに時間がかかります。

今日はプラス思考の先に見えているものをお話しします。
プラス思考は良いことのように思われがちですが、大きな落とし穴があるようです。

プラス思考は
1.先を読む力が確証のないものになること
2.プラス思考で考えなければならないことは、弱い部分であることが多いこと
3.プラス思考は周りがみえていないことがあること

プラス思考で進めていることは、”大丈夫できる”という確証のない思い込みがあります。
その思い込みには、十分なイメージは描けていないように思います。

また、自分の得意な部分はやり始めるときから、かなり先までのイメージが描きやすいので、
プラス思考が必要なときはそれほど得意でないことの可能性が高いように感じています。

そして、プラス思考でいるときは”大丈夫”なんて曖昧な感情に惑わされ、
躊躇したり、迷ったりしている周りが見えずにどんどん先に走り出しています。

プラス思考で考えられるときほど、慎重になる必要がありそうです。

でも、プラス思考で考えられるときは、充実感を感じていますから、
楽しみつつ、おぼれることなく、進めて行くことが大切だと思えてきました。

プラス思考の人は慎重な人と協力し合う・・・
そうするとプラス思考の人は、その慎重さに助けられその人のフォロアーになる。
また、慎重な人はプラス思考の人の強いフォロアーになることができるように思うのです。


こんな、すてきな人たちを見つけてフォロアーになりたいと思っているのです。

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