夢塾 ~私の夢探し~

人生を豊かに変える毎日の気付きを書き込みます。

2011年12月

今日で仕事納めです。
今年もまたたくさんの出来事がありました。
来年こそは・・・
と、願いつつ思い通りにいかないことだらけのような気がしています。

ある日
「すべてのことがあなたの思い通りになる世界へ連れて行ってあげましょう。」
「エッ?何年も思い通りに行かないあのことも叶いますか?」
「もちろんです。」
「生活も心配もいらないのですか?」
「もちろんです。」
「そこでは、私を嫌う人も無視する人もいないのですか?」
「もちろんです。」

一瞬心が揺らぎ、頭の中でそんな世界を想像し始めます。
でも・・・・「面白くない。」

過度のストレスは良くないのですが、ストレスの無い生活は生きる望みもなさそうです。
起きている状況を正しく受け止め、
その状況がもたらす影響を探り、
その状況からから気付きを得る。
そしてできることなら、その気付きをたくさんの人に伝えたと思っています。

誰もが生きる価値を自分の力で見つけてほしいと願っています。
そして私自身も見つけたいと思っているのです。





ホンネとタテマエがあります。

ホンネ(本音)は本心から出た言葉・・・自分が本当に思っていることや、考えていることが言葉となったものです。
「変わった人ですね。」
「この案には賛成できない。」

タテマエ(建前)は表向きの考えです・・・表向きとは社会、世間や組織など自分を取り巻く集団を意味しします。
「個性的な人ですね。」
「特に意見はありません。」

ホンネ(本音)で語り合える仲間がどれだけいるかが、集団での方向性に大きな影響を与えると感じています。
集団では誰か数名の主張者の意見に流されがちになります。

その意見が常に共感を呼んでいるかというと、疑問が残ります。
多くの人がタテマエ(タテマエ)で流されているからです。

ホンネ(本音)を言うことと、ホンネ(本音)で語り合うことは違います。
言うは自己主張・・・ただ自分の感情を表現しているだけで、その裏には他者をコントロールしたいという思いがあります。
語り合うは自己表現・・・集団の中で自分の考えを表現しますが、その裏には他者の意見も聞いてみたいと思っています。

自分の行動や思考が「本当にそうだろうか?」と振り返り、「他の考えなないのか?」と思うとき、ホンネ(本音)の他者の意見は大きな気付きとなりますが、タテマエ(建前)の意見が出たときは、がっかりしてしまうのです。

今日もホンネ(本音)の意見を求めてみたいと思っているのです。




自分をコントロールすることが大切です。
ついつい日常生活の中で、人をコントロールしようとしていることがあります。

こうすればうまくいくのに・・・
こうあるべきだ・・・

仕事の手順や方法などでは、教えられてやっていることは「こうしなければならない」と、思い込んでいることがあります。
教えられた通りにやっていることで失敗や問題が見えたとき、ティーチングすることは必要です。

やり方に選択肢がある場合は、いくつかの方法を提示してその選択は本人に委ねなければならないのです。
難しい~
ついつい、自分が経験で生み出した簡単で具体的な方法を教えたいと思うってしまいます。

でも、それも他者からすると教えられたこと・・・
自分が考え出したことではありません。
人は「自分がした」という感情が必要なのです。

反対に自分が選択する側になったとき、周りの意見を無視することはできないと思います。
自分の意見と周りの意見を照らし合わせ、どちらの方法が単純で理解されやすいか?
目標や目的に沿っているか?
これが自己コントロールです。

お互いを思いやる気持ちが、成長へのカギとなります。
今日もそんな自己コントロールのカギを探してみたいと思っているのです。

今年もあと数日になりました。
慌ただしくしながらも、今年はどんな1年だったかと振り返ります。

TVでは、地震と津波の映像・・・その後の原発の映像が流れます。
今もなお、大変な思いをしておられる方々が大勢いらっしゃるのだと感じています。

幸せな1年でありたいと思いながらも、日々はいろいろなことが起きます。
それらの事について考えよう考えようとすればするほど、複雑に絡み合い「誰かや何かのせい」にしてしまうことがあるのです。

あの時こうすれば良かった。あの方法があった。
あの人がいたからこうなってしまった・・・
過去のことはどのようにもすり替えることができます。

今になって考えれば、その時に違う方法があったのかもしれません。
でも、その方法を選んだことには何かの意味があったはずなのです。
その時にその場所で最善を尽くしていた人たちであったことを忘れてはならないと思うのです。

現実に起きていることに自分がリアルに影響を及ぼすほどの力がないならば、影響のある行動をしている人を信じてみたいと思っています。

きっと素晴らしいことが起きる。
そんな確信のない直感が感じられることを願っているのです。


潜在意識と顕在意識があります。
奇跡のような気付きの出会いを増やすためには、様々なことを流すことなく潜在意識に落とし込んでおくことが必要だと思っています。
潜在意識を情報を落とせば落とすほど、驚くような出会いが増えてくるのです。
そしてその度に「幸せだな~」と感じることができます。

今朝、とても驚くことがありました。
ひと月ほど前、二十年ぶりに高校のクラス同窓会がありました。
どんな人がいただろうと思いながらも誘われるまま、卒業アルバムも見ることもなく参加しました。
「へ~、こんな人がいたんだ。」と、あまり当時の記憶を思い出すこともない中でも、人の記憶に頼りながら楽しく会話したのです。

それから1か月・・・
今朝、机の上にあったそのクラスの人たちの現況を記載した名簿を見ながら、不思議な事にその時参加していなかった人たちの顔が次々と浮かんできたのです。
そして声さえも聞こえてきそうなほどに鮮明な記憶が、浮かんでくるのでした。
「どういうこと?」

潜在意識にあった記憶が顕在意識に引き戻された瞬間だと感じました。
脳はいくつになっても鍛えられることが、最近の研究でわかってきています。
基本的な記憶や情報処理の能力は若い人には及びませんが、経験に基づく判断力のレベルは年齢が高くなるほど磨かれるのです。

記憶を引き戻すのに1か月もかかってしまう私ですが、今日もたくさんの失敗をして、経験値を積んでいきたいと思っているのです。


毎日たくさんの選択をしています。

会社に行くとき、コンビニによるべきだろうか
この仕事より、あちらの仕事を先にすべきだろうか
やるべきあのことを何時やるべきだろうか

こんなに難しくは考えていませんが、小さな選択の積み重ねが人生だと言っても過言ではないかもしれません。

これらの選択を選ぶ違いには文化の違いも出てきます。
家庭環境の違いも出てくるのです。

そういえば、私ならこちらを選ぶが、あの人はこちらを選んだということがあり驚くことがあります。
そんなとき考えなくてはならないかもしれません。

誰が選択をしてるのだろうか
誰が支配しているのだろうか
選択はどんな違った理解のしかたがあるのだあろうか
意味のある選択をするには何が必要だろうか

選択の違いを理解することで、自分自身の選択の幅を広げていきたいと思っているのです。

すべては物語りからはじまる。
ジョーゼフ・キャンベルの言葉です。

我々はもはや独力で冒険にいどむ必要はない
古今の英雄が道を開いてくれている
迷宮は知り尽くされている
我々はただ英雄の後をたどればよい
そうすれば、恐るべき怪物に出会うべきところで神にであう
人を殺すはずのとこえろで、己の自我を殺す
外界へ旅するはずのところで自分の内面にたどりつく
そして孤独になるはずのところで、全世界と一体になる

という言葉で始まる番組のなかで、彼は数々の神話を語りながら自分の中の神秘を探ることを大切さを伝えています。

この中で彼が語っている「自我」についても興味があります。
自分の中にある
自分が望むこと、
自分が信じていること、
自分が愛していると思い込んでいること、
自分ができること、
自分が人人生の目標とみなしていること

これらが、小さすぎると・・・人を拘束する
これらが、集団の中で言うがままに行動すると・・・人を拘束する

自己を見つめることが大切であることが分かります。
今日も、自分の神秘を探ってみたいと思っています。




冬の冷たい風は、緊張感に満ちています。
その緊張感には身を置きたいとは思いません。

寒気の中でも耐えなくてはならないことが人生の中にはあります。
そんな時の選択肢は、寒気の波の飲まれ冬眠してしまうか、寒気の良さを探して楽しむかです。

ある人が、脳は50代、60代まで成長することができると言っていました。
記憶力や計算力は若い人には及びませんが、経験は人生を積めば積むほど増えます。

25歳のパイロットたちとと55歳のパイロットたちに緊急時の対応をさせたところ、圧倒的に55歳のパイロットの対応能力が高いのです。
人生はすてたものではありません。

もう、30代だから・・・
もう、40代だから・・・

嫁とうまくいっていないから・・・
子供とうまくいっていないから・・・

うまくいっていないと感じた瞬間に、うまくいかせることができる可能性があります。
そして、すべて自分の心の中の気付きに解決の可能性があります。

小さな気付きを忘れていませんか?
小さな気付きを無視していませんか?

今日の緊張感に立ち向かうために、小さな気付きも敏感でありたいと思っているのです。

コーチングの神様が教える「できる人」の法則

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この本の中にある
~やめるべき20の悪い癖~ を、ご紹介します。

1.極端な負けず嫌い
2.何かひとこと価値をつけようとする
3.良し悪しの判断をくだす
4.人を傷つける破壊的なコメントをする
5.「いや」「しかし」「でも」で、文章を始める
6.自分がいかに賢いかを話す
7.腹を立てているときに話す
8.否定、もしくは「うまくいかない訳ないよ。理由はね」と言う
9.情報を教えない
10.きちんと他人を認めない
11.他人の手柄を横取りする
12.言い訳をする
13.過去にしがみつく
14.えこひいきする
15.すまなかったという気持ちを表さない
16.人の話を聞かない
17.感謝の気持ちを表さない
18.八つ当たりをする
19.責任を回避する
20.「私はこうなんだ」と言いすぎる

これらすべてが、高い基準でできるなんて神業です。
また、中には少しはやった方が良いものもあります。
その場、その場ですべきことを見極めることも大切です。

手帳にでも書き留めて、時々眺めながら「こうありたいな」と考える。
そんな小さな方法を試してみるのも良いかと思っています。

できていないこと、すべきでないことをすぐに取り組むもうとするのではなく、
なが~い期間で気付かぬうちに、変わっていける方法を見つけてみたいと思っています。

ちょっと偉いな?と思える自分であるために・・・

周りの人に「こうあってほしい!」と思うことがあります。
それが積み重なると小さな虐待になるのだとTVで言っていました。

母親の小さな望みに潰れていく子供たち・・・
「良い子になってほしい。」という小さな望みが、できていないことを日々厳しく指摘していくのです。

こうなってほしいのにこれができていいない。
あれもできていない。
そんな母の言葉に子供たちは必死についていこうと努力します。

何故そうなると良いのかなんて、子供たちは考えてはいません。
母の関心を得たい。
母にほめられたい。
ただ、ただ、それだけなのだと思いました。

望みの先には、描いているものがあります。
この子が、この小さな望みを叶えることができるならば、こんなに人から信頼される人になるだろう。
この子が、この小さな望みを叶えることができるならば、どんなに豊かな人生を送ることができるだろう。

毎日、指摘を繰り返していると「怒る」ことが当たり前になってしまいます。
正しい心はどこか遠くに追いやられてしまって、厳しく指摘している自分に酔ってしまうのです。
そして、指導できているような気がしてしまう・・・

聞くことを速やかにし、怒ることを遅くせよ
こんな言葉が、心に浮かんだのでした。

自分の言動とその目標を常に確認しなければならないだと、今日も感じているのです。



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