夢塾 ~私の夢探し~

人生を豊かに変える毎日の気付きを書き込みます。

2011年05月

2~3年前から私の頭の中では、たくさんの情報が渦巻いています。
ひとつ、ひとつの情報に感動し、納得しているのですが、忘れてしまうことも事実です。

でも、それらの興味を引く情報は必ず繋がっていると感じています。
そして少しずつ心の中に浸透してきているのです。

人は、何かを求めるとき潜在意識の引き出しが大きく開いていると思います。
そして、その引き出しにぐちゃぐちゃと詰め込んでいます。

何かが起きたとき、「そういえば以前にそんな事が有ったような?どうやれば良かったっけ?」などと潜在意識の引き出しを探し回りますが、これという情報に行き当たらないことも多いのです。
焦らない、焦らない!
機は熟していないのです。

まだ、まだ潜在意識の引き出しに情報を詰め込みましょう!
その引き出しには不思議な能力があり、詰め込めば詰め込むほど整理されていくのです。
そして、有る瞬間「アハ!」と目覚めてくれるはずです。

情報を詰め込みながら行動を起こし、たくさんの失敗をする。
そんな繰り返しが、目覚めの瞬間や奇跡の出会いや感動の嵐を巻き起こすことを信じて今日もたくさんの情報に出会いたいと思っているのです。



人に出会ったとき、堂々と自分の軸で歩んでいる人と、まだ自分の軸を探しきれず迷いを感じる人とがいます。
本当に堂々と自分の軸のある人は、例え強い表現をしたとしても、その表現の裏には信頼と愛があります。
そして、本当の軸を持っていない人の強い表現には公平感も信頼感のもないと感じるのです。

物事をくみ取って考えることも有ります。
この表現の裏には、もしかすると優しさがあるのかもしれない・・・
でも、そこまで深くくみ取る必要が有るのでしょうか。

先ず、最初に抱く感情は「直感」と言われる物だと思います。
動物達にはすばらしい「直感」があると信じられています。
人間も同じなのです。
「直感」で感じたことは、先ず正しい感性だと信じたいと思っています。

ただ、この「直感」で感じるレベルはその人の歩んできた道筋で起きた現実とそこで感じた感覚に左右されると思っています。
もし、厳しすぎる「直感」のレベルを持っていると感じたならば、そのレベルをちょっと引き下げるべきかもしれません。
それは自分のストレスを回避することにもなります。

「直感」を大切に今日もステキな人達に出会えることを楽しみにしたいと思っているのです。

ワクワクする事を探すことは、これまで伝えてきたウソをリセットしていかなければなりません。

そして、可能性は95%眠っているのです。
その可能性を阻害しているものは次の5つと言われています。

1事なかれ主義・・・その内、と思ってワクワクを始めない
2楽して生きようとする・・・楽する事ではなくワクワクする事で生きる
3優柔不断・・・ワクワクの平等なチャンスを逃す
4本能的欲求の抑制・・・言いたいことも言わず我慢してワクワクを感じない
5成長への意慾の欠如・・・ワクワクを押さえる

この5つを変えれば可能性は広がっていきそうです。
先ずは目の前のことに同じ情熱を傾けてみる。
その中からワクワクとやりたくないことを選択していく
ワクワクの比重を増やし、やりたくないことを少なくしていく

ワクワクと利他的に生きることを増やしていきたいと思っています。


「ソース(souce)」での、最後のウソは現実的になれというウソです。

「いつまで夢を追っているんだ。もっと現実的になりなさい。」
「世の中はそんなに甘くない。そんな事で食べていけるわけがないじゃないか。」と、世間は忠告します。
この忠告は、自分のやりたいことを、やりたいようにやるな。」という意味です。

この本では「できないだろう」「やれないだろう」ということに挑戦し、それを打ち破った人達を紹介しています。
確かその人達は素晴らしのですが、誰もがそんな強い精神力を持って突き進む夢など持っていないとも思います。

それならば、日々の生活のなかで、「できない」「やれない」と思い込んでいる現実を、先ずは疑ってみようと思いました。
親の意見に押しつぶさせそうなとき。
会社や上司へ自分の想いが伝わらないとき。
友人や恋人にダメ出しをされたとき。
そんな時でも、先ずはその意見の先にある慣例となっている現実を一つの情報として受けとめなければと考えます。
そして、「できるはず」「やれるはず」と考えて進んでみようと思っています。

それを続け続けていけば、いつかは夢を実現できているかもしれません。
達成できなかった目標の先にある人生の目的も描けそうな気がしているのです。


「ソース(souce)」での、今日の間違いは優先順位のウソです。

物事に大切なことから優先順位をつけています。
今日はこの仕事を仕上げなければ・・・
3日後までにこの仕事を・・・
今週末までにこの仕事も・・・
そして、ちょっと空いた時間があれば、気になってるあの事もこの事もしたい。
でも、何にもできなかった。

とかく、私たちは自分がワクワクしないことを最優先にしなければならないと考えています。
そして、自分のワクワクはいつか時間が取れるときにと、後回しにしてしまうようです。
でも、後回しにしていると気付いたときには年を取り、夕方には疲れ果て「また、今度にしよう」と思ってしまいます。

また、自分のワクワクにも優先順位をつけてしまいます。
一歩、一歩達成しようと、リストの1番目から達成することを自分自身に課してしまいます。

でも、この本では優先順位をつけないことを進めています。
自分が生まれてきた目的を見つけ、子供のように自由に心も身体も満たしてくれる方向に向かって歩んで行くこと。
自分が生まれながらに持っているワクワクや夢をすべて実現する方向に進んで行くこと。
目標ではなくその先の目的に羅針盤を合わせなければならないようです。

しかし、目的を見つける事は難しいと考えてしまいます。
子供の時のように、純真に行きたい方向に進んでみれば良いのかもしれません。



「ソース(souce)」での、今日の間違いは妥協のウソです。

自分がやりたいことを全部やることは可能だ。
むしろ、やりたいことはすべてやるべきだ。
真に豊かな人生を送っている人たちは、やりたいことをすべてやれる生き方をしている。

私たちは日常のなかで、あれをやりたいならこれを諦めなければならないと考えます。
でも、やりたいことは全部やるように生まれてきたと、この本では言っています。

自分が他人(ひと)の夢を諦めさせることも望ましくありません。
また、他人(ひと)(両親・夫・妻など)から、自分の夢を諦めさせられることも望ましくはないのです。
でも、ことにその諦めさせる相手が家族の場合はその諦めなければならない理由が”愛”と言う言葉に置きかえられることがあります。

難しい問題ですが、これまでのウソの中からこんなことがいえそうです。
家族や社会や地球のために、自分が心からしたいことをする。
そして自分自身が自分自身のために心からしたいことをする。

自分に対して心からしたいことをしている人だけが、他人(ひと)に対しても心からしたいことができる。
そして、すべてのやりたいことを叶えることができる。

こんな言葉に勇気をもらいながら、今日も過ごしてみたいと思っているのです。

「ソース(souce)」での、今日の間違いは決断のウソです。

さっさと決断しなければと焦ることがあります。
でも、この本では決断できないことは先延ばしして良いと言っています。

決断できないことは、その決断に対する情報が足りない時なのです。
ゆっくりと情報を収集して、それを消化し物事が明確になるまで待てば良いのです。

ぐずぐずしているときは、潜在意識が「やるべきときでない」と訴えています。
どんな占いよりも、どんな助言よりも大きな羅針盤が自分の心の中には備わっているようです。

自分の心に問いかけ、自分の心の直感力に従う。
そのためには世間のプレッシャーに負けないことが必要です。

まわりの人の助言は大切な情報収集と考えて、心の底から決断できるタイミングを待ちたいと思っています。

「ソース(souce)」での、今日の間違いは上手のウソです。

上手なことが、ワクワクとしたことに繋がる可能性は高いのかもしれませんが、上手(うまさ)ゆえに誤った認識になってしまっていることがあるかもしれません。

上手なことにワクワクを極められないとしたら、下手のことも探って見ることが必要です。
思わぬワクワクを見つける事ができるかもしれません。

人と会い、できること全てを試してみる(心の壁を打ち破って・・・)
会ってみたけど・・・
試してみたけど・・・
納得いかないことは、スルーする。(潜在意識には残ることでしょう)

きっと、ワクワクに出会うはずです。ワクワクに出会ったかなと感じたら少し続けてみる。
続け続けていけるならば、自然にやる気が生まれ、だんだん上手になり、幸せで満足になりそんな人には人や機会やお金が引き寄せられると言っています。

そんな下手なワクワクも探っていきたいと思っているのです。

「ソース(souce)」では、慣例や習慣や社会通念のなかで、思い込みとなっていることの間違いを指摘しています。
きょうの間違いは、能力のウソです。

適正があると言われたからといって、それをする必要もなければ、好きになる必要もない。しかし、適正がなくてもワクワクすることなら、やったほうがよい」といっています。

適正がある=経済力や社会的地位、名声など、社会的成功のあかしを得られると教えらます。
確かに能力のある人は、そのような地位に就き活躍しておられますが、全ての人たちがワクワクとご自身の仕事を進めているようには見えません。

その能力によって得た仕事で、家族と顔を合わせる時間も削り、骨の髄まで疲れた体を毎日職場に運びながらも、この仕事で感謝してくれる人がいる、世の中の役にたっていると、自己正当化しているのです。

能力があるからと言って、その事にワクワクを感じないならば、やりたくないことになっているのかもしれません。
上手や下手など関係なく、やりたいと思うことをやり続けていく。
そしてそのワクワクとするやりたいことを選択することは、人としての義務だとも言っているのです。

きっとそれは、ワクワクとしてやりたいことならばその分野での成果と貢献は計り知れないからです。
やりたいことにシフトする生活は人生を豊かにするようです。
今日も、やりたいことを進めていきたいと思っています。

「ソース」ではやる気について、このように言っています。
無理矢理にやる気を出す必要があるのは、したくないことををしなければならないときだけだ。

高いセミナーに通っても、そのセミナーの受講中はやる気が出るのに、そのセミナーが終わるとやる気はだんだんと失せていくことがあります。
これはテンションが高くなっているだけでやる気が出ているのではないのです。

私たちが生まれつき持っている想像的な能力は身体の中から自然とあふれ出てきます。
この自然とあふれ出た想像的な活動では、こんな体験をするのです。

気分がよくなる
生き生きとする
ひとつのことに熱中して、他のことは考えない
体と心が一体になる
無意識のうちに体や手が自然と動いていく
体にも心にも緊張がなく自然体でいられる
脅迫観念や神経質な悪癖がやむ
現在の自分に満足する
心が澄みわたってさわやかな気分になる
まわりと一体感を感じる
地に足が着いている

テンションが高くなることとやる気が出ることを区別して、やる気の想像力を鍛えていきたいと思っています。


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