夢塾 ~私の夢探し~

人生を豊かに変える毎日の気付きを書き込みます。

2010年08月

ヨガ教室に通っています。
午前中の教室に行くことが多いのですが、夜の教室に行くこともあります。

午前中の教室は、すがすがしい気持ちでしっかりと体を動かせていますが、夜の教室では、眠気がおそい、次のポーズが遅れている瞬間があります。
そんな時、なにげに次に進む先生の態度に、ますますリラックスしているのです。

今日は”優しくあること”をお話しします。
これは私の永遠のテーマだと感じています。

”優しい”を辞書で引いてみると、
1.姿・ようすが優美
2.他人に対して思いやりがある
3.性質がすなおでしとやか
4.身がやせ細るような思い ひけめを感じる 恥ずかしい
5.控えめに振る舞い、つつましやか

私が考える”本当に優しい”ということとは、少し違うように感じます。

”優しい”の類似語の中に、「寛仁(かんじん)」という言葉があります。
その言葉引用に「寛仁大度(かんじんたいど)」という四文字熟語があるようです。
その音の響きは、”優しさ”を感じづらいのですが、その意味は大きなものでした。
”寛大で情け深く、度量の大きいこと”

つまり、「心がひろく、思いやりが深く、些細なことにこだわらない」様子でした。
この意味は、グッと、心に響きました。

人は、表面上で”優しさを示すことがあります。
そしてその言動に癒されることも、もちろん多いのです。

でも、この言葉の揺るぎなく深い心情は、存在だけで癒されるような広い世界観を感じます。
そして、美しく静かで深い湖面が私のイメージとして膨らむのでした。

大げさでなく、しっかりと真摯な気持ちをもって”寛仁大度”で歩んで行きたいと感じているのです。

この暑さはいったいいつまで続くのでしょう。
10月まで暑い日が続き、秋が短く、冬が寒いという長期予報が出ているようです。

日本の移ろう四季の美しさを刻々と味わうことは難しいようですね。

今日は、目的をもって動き出すことをお話しします。
何かの目的があっても、動き出せないことがあります。
心が萎えていたり、目的が曖昧であったり・・・

心が萎えているいるときは、自由な発想も自由な行動も起こせないときです。
少し時間をかけて、心を整える準備をするときなのかもしれません。
こんな時、”良きときに、善き師にに出会うこと”これができるチャンスなのだと思っています。
心は萎えていても、心の目だけはしっかりと大きく見開いて、善き師を探してみてください。

目的が曖昧であるときは、目的のための動き方が分からないと感じています。
マネジメント、パーソナルマネジメント、メンタルマネジメント、ナレッジマネジメント・・・
さまざまな本を読んでみますが
なるほどと思っても、実際に活用するのは難しい・・・

今話題の、「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの”マネジメント”を読んだら」という本があります。
この本では、女子マネージャーが「ドラッカーの”マネジメント”」の本を参考に、野球部を強くして行く課程が描かれています。
ちょっと敷居が低く、これなら動きだけそうな気がしてくる本です。

この本を”師”として、私も動き出してみようと思っています。


とうとう、夏休み最後の日曜日になりました。

今年は、6月の雨の影響で学校が休みになったためか、早めの2学期になるところが多いようです。
なんだか、子供たちも型にはまった規則に翻弄されているようで、少々かわいそうに思えてきました。

今日は知識を有ることをお話ししてみます。

知識を辞書で引いてみると
1.知ること。
2.考える働き
3.智識とかく仏語
4.確実な根拠に基づく認識

本を読んだり、学校で学んだり、セミナーに通ったりするなかで”なるほど”と納得することがあります。
でも、これは知識の中の”識”の部分ではないかと感じています。

昨晩、大学で心理学を学んだ方が、
「これ(知識)が、有るばかりに以前は人を一定の枠の中に入れてしまうことがあったのよ」
と、おっしゃっていました。

こういうタイプの人はこんな人、あんなタイプの人はあんな人・・・
確かに、ほんの少し本を読んだだけでもそんな気持ちになることがあります。

人は様々な心を持っています。
同じ行動で有っても、それぞれの人がする心の意味は違うのでしょう。
簡単に枠に入れられた感じてしまったとき、”そんな思いじゃない!”と心の中で叫んでいるのかもしれません。

そんな、心の叫びを受け止められる、知識の中の”知る”という部分を大切にしなければならないのではないかと感じたのです。

”知る”にはどうしたら良いかを、しっかりと考えてみたいと思っています。



今日でブログを書き始めて111日目になります。
それが?という感じなのですが、数字が並ぶと何故か”ラッキー!”と思ってしまいます。

きっと、今までの人生の中で数字が並ぶことがラッキーと繋がって楽しいことで有ったのだと思います。(あれ?パチンコかな?)
人間の感情っておもしろいものですね。

今日は、”仕事はどうでしたか?”という話をします。

先日テレビのニュースで、職業体験ができる施設で、夏休みの子供たちが様々な仕事の体験をしている姿を紹介していました。

指さし確認をしながら得意顔で電車を運転する子供たち
冷たいシェイカーに身震いしながら、バーテンダーとしてカクテルジュースを作る子供たち
その姿は真剣で、笑顔に満ちています。

そして、そのニュースの最後にレポーターが言うのです。
「仕事はどうでしたか?」

すると、子供は答えます。
「楽しくて、うれしかった。」と・・・

これが、仕事をする原点なのかもしれません。
自分が楽しく、それで喜んでくれる人がいたからうれしかった。

子供のころ、仕事にあこがれるとき、そこで働いている人の姿はキラキラと喜びに満ちていました。
そして、そこで働く”夢の自分”も、キラキラと輝いていたのです。

実生活の中で、どれほどの人が仕事を楽しんでうれしいと思っているでしょうか。

楽しいと思うことは、自分の気持ちを切り替えることができれば、比較的に簡単なのかもしれないと思っています。
でも、うれしいと感じることは難しい・・・
それは、ほめてくれる人、感謝してくれる人が必要だからです。

周りの人の、些細な行動も察知して感謝できる自分で有りたいと心から感じているのです。





夏休みも、もうすぐ終わりです。

友人が、大学生になり親元を離れて行く息子の事を振り返りながら
「家族5人で過ごせた時期は、ほんの10年あまりだったのよ」
と言っていたのを思い出しました。

例えば、3人の子供がいて、3歳づつ年が離れていれば3人目の子供が生まれたとき一番上は6歳・・・
それから家族5人の生活となり、18歳まで家族5人で過ごせるのは12年なのです。

12年なんて、過ぎてしまえば”アッ”という間のように感じます。
これを思うと、1日、1日を愛おしみながら過ごしたいものですね。

今日は、充実感を得ることをお話しします。

”充実”を辞書で引くと、
必要なものが十分に備わること。
中身がいっぱい満ちていること。
これでは、お皿の上にのせられたお菓子や果物といったおももちがあります。

月に1度参加しているセミナーで、”充実感”を得るための条件を示されました。
①明確な目標があること・・・不明確では達成できない
②困難を伴うこと・・・達成できにくいほど良い
③努力をすること・・・実らないほど良い
④あきらめないこと
⑤自発的であること
⑥結果が貢献に繋がること

これを書きながら、”あ~ぁ!そうだ”と自分自身で思っています。
六つの条件は、どれも依存する気持ちが有っては達成できません。

自分自身の強い信念を持って、進めていくこと
どんな困難があろうとも、継続すること
自発的で利他的で有ること

今まで、起きてきたネガティブな現象もこの”充実感”を得るための覚悟を試されているように感じています。
目標とする、到達点が見えているか。
理解を得ることが困難で有ることが、見えているか。
理解を得られなくても、努力し続けられるか。
あきらめないか。
本当に自分でなければできないと思っているか。
結果が未来に繋がるか。

そろそろ、覚悟を決めなければなりません。
覚悟を決めたら、晴れやかな笑顔で頑張り続けなければと考えているのです。



今日は、ネガティブ思考の話をします。

昨日、某国立大学医学部の教授をしてあられる先生と食事をしました。
その中で、興味深かったのはネガティブ思考が未来を作るという話です。

それば、どういう事かというと
ある道を歩いていると”蛇”に出会ったとします。
そうすると、人間は次にその道を歩くときには
「ここには、蛇がいるかも? 気をつけよう!」と、考えるのです。

それは、一種のネガティブ思考らしいのです。
だって、ポジティブ思考は”どうにかなる”と考えてしまうからです。

このネガティブ思考があるからこそ、人類の長い歴史が継続されたとおっしゃるのです。

なるほど!

その先生がおっしゃりたかったことは、ネガティブとポジティブのバランスではないかと思います。
確かに様々な危険や逆行に人間はさらされ、その中で学ぶ事は必要です。
そして学ぶ事がその人間を大きくしていくのだと思います。
これが”備える”ということになります。

”備えあれば憂いなし”
ネガティブ思考すれば憂い(心配や不安)は、なくなるのかもしれません。

ネガティブ思考になるときは、これが”どのような備え”となるのかを考え、心に刻む必要がありそうです。
今日からは、ネガティブである事も一つのチャンスと考えることができそうです。
”ネガティブに学び、ポジティブに生きる”

先生、貴重な気付きをありがとうございました。


今日も、暑そうな日差しが降り注いでいます。
今年の夏の暑さは”熱い”と書きたいと思うのは私だけでしょうか?

今日は信頼を得ることをお話しします。
私はここ2週間あまり、信頼されていない自分に落ち込んでいました。

今までは、こんな事が有るとき、年上の人であったり、それほど年の離れていない人であったりと、相手もその内わかってくれるとだろうと思うことができたのです。(もちろん、理解してくれない人も2割程度はいます。)

何故、これほど落ち込んだのかというと、それが”成長してほしい”と1番考えて気にかけていた新入社員だったからです、
でも、その”一生懸命”な思いは、ついつい言動が過剰になってしまったようです。
私の言動の配慮が足らなかったのです。

とにかく反省・・・反省・・・
会社でつきあう人は、すでに大人ですから個々の考えや行動をリスペクトしなければなりません。
その中で、先ずは私の”心根”をしっかり理解してもらうことが、第一優先としなければならないことに気がつきました。

仕事する中で、小さな会社といえども何十年もつとめればかなりの数の人たちに出会います。
そうすると、今このとき、人はどのような言動をすると信頼感を得ることができるのかが、うすうすわかり始めます。
この、瞬間にこの言葉を添えること・・・
この、瞬間にこの行動を起こすこと・・・

ただし、悲しいことにこれは第三者がすることに対してなのです。
自分がそれをできないのは、はき出す言葉以上のものが心に有ること。
そして、それを急ぎすぎるからです。

これからは、”聞くことを速やかにし、語ることを遅くし”
第三者として、じっくりと周りを状況を捕らえて解決策を出していかなければならないと学ぶことができました。

気づかせてくれた皆さん、本当にありがとう。

最近、様々な人間関係に翻弄され、心の元気がなくなっていました。
そんな夜、眠れなければ起きて何かをすることにしています。

今朝も、そんな日でした。
したい計画のイメージが描けていないことが、元気がなくなった最大の理由だと感じました。
それを人間関係のせいにしていました。

ネットで、パワーポイントを購入
Podcastの視聴・・・うん!うん!だんだん元気が出てきました。

中村文昭さんのPodcastの中から「引き算の人生」の話をします。

生まれてから死ぬまでの間、あなたは人生を積み上げていくと考えていませんか?
私も、そう思っていました。
自分のスキルを磨いて・・・自分の経験を通して・・・人脈を作って・・・なんて

でも、本当に大切なことは”人生の最後をどのように迎えるか”です。

あるおじいさんの話を添えてみます。

~源じいさんと小鳥たち~
源じいさんは、小さなときから小鳥が大好きでした。
でも、若いときには仕事が忙しく小鳥たちの事を考えることもなかったのです。

そんな源じいさんも仕事を辞め、毎日の退屈さにどうしたものかと考えていたある日、
庭の立木から、小鳥の声が聞こえてきました。

そしてその声は、源じいさんの心を揺り動かしてのです。
だって、”おじいさん、一緒に・・・一緒に・・・”と聞こえたのですから、

その日から、源じいさんは小鳥たちのために庭を整え始めました。
何をするのも小鳥の気持ち、
何をするのも小鳥と一緒、

そんな、源じいさんも年をとり、いよいよ臨終の時を迎えるそのとき、
源じいさんを見守る家族とお医者さん、看護婦さんは奇跡の光景に出会ったのです。

源じいさんの布団の上に、庭から小鳥たちがいっせいに集まりはじめ、
源じいさんと会話を始めたのです。

ピーピー、チーチー、ピヨピヨ、チュンチュン・・・
それを見た源じいさんは本当に穏やかな微笑みを浮かべ最期の時を迎えたのでした。

日蓮上人は
”先ず臨終の時を習うて、後に他事を習うべし”
と、言っておられます。

これが、まさに引き算の人生でしょうか。
先ずは目標を決めそれに足りないものを補う人生。

一生を終えた後に残るものは、集めたものでなく、与えたものである。

豊かな人生を目指して、理想の自分を描いてみたいものです。


10代の頃から知っている懐かしい人たちと食事をしました。

何十年経っても、屈託のない笑顔で話ができる”友”たちを懐かしく思いました。
あの頃は、友達の枠もなく、あの友達がこの友達を連れてくる、その友達があっちの友達を連れてくると、我が家は多くの友達でいつもにぎわっていました。

その場所に私は必要なかったと感じています。
ただ、ここにくれば誰かと話ができる・・・
そんな場所だったのでしょう。

あの頃のさまざまな感情、あの人たちがする日々の行動、あの人たちのの素直な思いは懐かしい笑顔とともに思い出されます。

もう会うこともなくなった人たちも、元気で幸せに暮らしていてほしいと心から思います。

様々な人生を歩み、悩みながら成長してい友の姿に触発され、今も新しいことに挑戦したいと考えている自分自身にあきれてもいるのです。

あの頃を懐かしみ、あの頃の素直な感情を再確認しながら、これからの挑戦の方法を今までとは違う方法で進めなければと考えているのです。

自分の力は取るに足りません。
これからの挑戦では、周りの人すべてに力をかりなければなりません。

懐かしさは、そんな思いを再確認させてくれたように思っています。





今を楽しんでいますか?

楽しんでいると感じるときはどういう時でしょう。
1.満ち足りていることを実感して愉快な気持ちになる
2.好きなことをして満足を楽しむ
3.先のことに期待をかけ、そうなることを心待ちにする
4.富む、裕福になる
そして、類似語の中に”堪能する”という言葉があります。
1.堪え忍ぶ能力
2.深くその道に通じていること。

こうして考えてみると”楽しむ”事も奥が深そうです。
はじめは、単純に好きなことをして満足を楽しむ事から始めた楽しみも、そこからさらに上の楽しみに目覚めたとき、”堪能する楽しみ”に変わってくるのでしょう。

そんな、楽しみに出会えたとき本当の自分を見つけることができるのだと感じています。

先ずは毎日を楽しむこと、そしてそこから深くその道に通じて楽しむことができれば、充実感のある毎日となることでしょう。

ワクワクと楽しんで続けられていることを見つめ。
どこがそれほど楽しいのかを見極める必要がありそうです。

そして、その先に「満ち足りていることを実感する人生」を楽しむことができることを願っているのです。

追伸
8月28日名古屋で行われるドリプラを応援しています。
名古屋近郊に住んでいらっしゃっる方、ぜひ会場に足を運んでみてください。”楽しさを堪能している”人たちにきっと出会えるはずです。
8/28開催!第2回ドリームプラン・プレゼンテーションin名古屋 (通称ドリプラ名古屋)
http://dreamplan.wonderjulia.com/
ドリームプラン・プレゼンテーションとは、
名古屋から日本を元気にしたい!
名古屋から志ある「夢」を発信し、日本を元気にする!
本気でそう願う大人達が、ドリームプラン(=社会に貢献し、価値と感動を提供するビジネスプラン)を本気で語るプレゼンテーション大会です。
大人が変われば子どもが変わる!
子どもが変われば未来が変わる!
未来が変われば社会が変わる!
8/28当日は、7人のプレゼンターが1人10分のプレゼンテーションを通じて、それぞれのドリームプランをみなさんにご紹介します。
この機にぜひご来場いただき、プレゼンター達の熱い想いを感じてください。
日時:8月28日(土)12:30~15:30
場所:ウィル愛知 ウィルホール
定員:800名
【観覧のお申込みはこちら】
http://dreamplan.wonderjulia.com/contact_kanran/
【そもそもドリプラって何?】
http://dreamplan.wonderjulia.com/dreamplan.asp

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