夢塾 ~私の夢探し~

人生を豊かに変える毎日の気付きを書き込みます。

2010年07月

「日本でいちばんたいせつな会社」の中で、著者の坂本光司さんは会社経営とは「5人に対する使命と責任」を果たすための活動と位置づけています。

それは、使命と責任を果たす順に
1.社員とその家族
   ・・・所属する組織の満足度が高く、帰属意識の高い社員でなけれ 
     ばお客様の満足するサービスはできない。
2.外注先・下請け会社の社員とその家族
   ・・・自分の会社の仕事をやってくださっている人々
     誰かの犠牲の上に成り立つ組織は正しくない
3.顧客を幸せにする
   ・・・その会社と取引することによって、心が和む、幸せになる、感動
     する
4.地域社会を幸せにし、活性化させる
   ・・・会社が「町のシンボル」であること。「町の自慢」であること。
     子供を入社させたいと思えること
5.自然に生まれる株主の幸せ
   ・・・株式配当をする金銭的な見返り。株主として応援していることが
     幸せとなること

この、使命と責任を軸をもって継続してる会社を、この本の中で紹介しています。

大学教授である坂本光司さんのモットーは、「研究室での中小企業研究や、かんばる中小企業の支援をする」ことです。

研究の傍ら、訪問調査した会社は6000社を超えています。

こんな実績の中から選ばれた会社・・・

そして、まだまだ紹介していないすばらしい会社がたくさんある言われるのです。

希望で、心がワクワクと踊ります。

私も、所属する組織がこのような会社となる事を夢見ているのです。

日々の生活の中で、誰にもいくつもの立場が有る事に気がつきます。

家庭での立場
仕事での立場
地域での立場・・・etc

立場とはなんでしょうか。
1.その人が置かれている地位や境遇。また面目
2.その状況から生じる考え方。観点

面目とはなんでしょうか。
1.おおもとになるもの。おきて。

面目を辞書で引くと”面目躍如”という言葉が出てきます。
1.その人の本来の姿が生き生きと現れているさま。

立場は地位とは違い人に与えられるものではなく、自分の生き方が表現されるステージのように思いませんか。

それぞれのステージで、どのような自分で有りたいかの”夢”を描き、その姿を実現していく事が、とても大切に思えるのです。

それぞれの立場で、信頼される自分で有りたいと思えば、自分が信頼する人とはどういう人かと考えてみる。

私が、信頼する人とは利己主義でなく利他主義で、常に努力を惜しまず、誰にでも同じ優しさを示すことができ、常に未来を描いている人です。

だから、私のステージではそういう姿を描いて行きたいと思っているのです。

今年になって音声をダウンロードして聴く機会が増えました。

本をダウンロードする。
セミナーをダウンロードする。
レクチャーをダウンロードする。

地方に住んでいると自分に合ったセミナーやレクチャーに出会える機会がありません。

でも、WEBを利用するとたくさんの発信を無料でしている方々に出会うことができます。

先ず私のお勧めはiTunesのPodcastです。
  「iTunes」をダウンロード
  「iTunes Store」を選択
  コンテンツから「Podcast」を選択
驚くほどたくさんの無料・有料のサイトが表示されます。
私のお勧めは、
鶴岡秀子さん「夢実現の法則」
中村文昭さん「みるみる元気がわいてくる」
和田裕美さん「Wada Cafe」 etc....

その他、本のダウンロード「Febe」も利用しています。

本・セミナー・レクチャーをダウンロードする良さは、いつでも何度でも聴けるということです。

実生活に活用すべき項目の多いセミナーは、1回聴いただけでは”良かった~”と思うのですが1週間もすると”何だったけ?”なんてことになっていませんか?

音声をダウンロードしておけば、1度聴いたものでも数か月して再度聴いてみると、”エッ、前回こんなこと言ってたっけ?”なんて、新たな発見が有るのです。

人間の(私の)、記憶の曖昧さに驚かされてしまいます。

音声で何度も聴くことができれば、毎日の生活に何倍もの効果が生まれているように感じています。

今日はラジオ日経の中の「聴く日経」をダウンロードしてみました。
日本経済新聞の朝刊の記事を20分間にまとめて配信しています。
月額525円かかりますが、朝の楽しみになりそうです。





暑い毎日が続いています。

夏が来ると・・・・そしてその夏が暑ければ暑いほど子供のころの楽しかった思い出がよみがえります。

毎日のように、子供たちだけで行く川やプール
水の泡が消えるまでに、次の人が飛び込まなければならない小さな競争
誰かれとなく持ちよる花火に、興じる夕涼み
父がする庭の水やりで、ずぶぬれになる子供たち
~入道雲~
~夕立~
どれもこれも、鮮やかな光の中できらめいています。

だから、私は夏に真っ黒に日焼けした人を見ると、どんなに楽しい時を過ごしたのだろうとワクワクするのです。

何故か、家族とどこかに出かけたことなどそれほど大きな記憶として残っていないことに驚きます。
それよりも、ご近所の人たち、友達、見ず知らずの人たち・・・・
そんなみんなの支えが記憶として刻まれているのです。

私にとって、子供の時から人とのつながりがどれほど大切な部分であったかが分かります。

ひとりひとりの子供たちの夏休みが、優しい心の記憶のキャンパスに描かれていくことを祈ります。






目標と目的の違いはなんでしょうか?

辞書で引いてみると・・・
目標:行動を進めるにあたって、実現・達成を目指す水準。
目的:実現しようとして目指す事柄。

つまり目標には量的水準があって、目的にはそれがないのです。

そして、目標は達成できるけれど、目的は達成したように見えても更に上・・・・上・・・へと広がっていくのだろうと思います。

何かの達成感を得るためには目標が大切なのですが、その目標が目的への1歩で有るならば更に素晴らしいと思います。

野球のイチロー選手が、目標の達成度の話をあまりしたがらないのは、イチロー選手にはその先にある目的に”夢”が描けているからだではないでしょうか。

私は小さな目標も達成できないことがしばしばあります。
でも、それはその先にある目的が描き切れていないからだと感じています。

この「オズの魔法使い」の曲のように虹の彼方に”夢”を描いて行きたいと願っています。


Over the Rainbow        虹の彼方に  (訳詞: ゆうこ)

Somewhere over the rainbow      虹の向こうの どこか
Way up high                  ずっと高いところに
There's a land that I heard of       ひとつの国があると
Once in a lullaby                子守歌で 聞いたことがある

Somewhere over the rainbow      虹の向こうの その国では
Skies are blue                 空は どこまでも青く
And the dreams that you dare to dream  そこでは どんな夢も
Really do come true                きっとか なえられる


Some day I'll wish upon a star      いつの日か 星に願いをかけて
And wake up where the clouds are far  目をさますと 雲は かなたに
Behind me                     過ぎぎ去っていて
Where troubles melt like lemondrops  悩みごとも 
                          レモンドロップのように 
                            とけてしまう
Away above the chimney tops       家々の煙突の
                          はるかな上空にある
That's where you'll find me         そんな国に
                           わたしは来ているでしょう

Somewhere over the rainbow       虹の向こうの どこかでは
Bluebirds fly                    青い鳥たちが飛んでいる
Birds fly over the rainbow          鳥たちは 虹をこえて飛ぶ
Why then, oh why can't I?            じゃあ わたしだって きっと

(*以下 繰り返し)

If happy little bluebirds fly          しあわせの 青い小鳥たちが
Beyond the rainbow               虹をこえて 飛べるのなら
Why, oh why can't I?              わたしだって きっと きっと

五木寛之さんが”人間の覚悟”という本の中で、日々起こる、子殺し、親殺し、無差別殺人に憂い、今の時代を
「これほど人間の命、生命というものに対する軽さがドメスティックに進んでいる時代はないのではないか」
と、言っています。

そして、そういう世の中だと”覚悟”することは誰にも可能だとも言っています。

その”覚悟”とは、
仏教用語で、「迷いを去り、道理をさとること」、
他に「危険や困難を予想して、その心構えをすること」、
そして「あきらめること、観念すること」
あきらめるとは”明らかに究めること”だといっています。

私は日々の生活の中で、この”覚悟”の2番目語意の「予想して心構えをする」ということを、知らず知らずの内にしていることに気がつきました。

この先起こるであろう、些細な選択の道から予想して、その瞬間にうろたえずにいたいと思っているからです。

こうすることは、「迷いなく道理を悟ること」にもなり「明らかに究めて観念すること」にもつながっていると感じました。

そして、さらに大きなことは”心構えをし、道理をさとり、明らかに究めることで、次のステップが見えてくるということです。

五木寛之さんもきっとその為に、あきらめるではなく”明らかに究める"ことだと言っているのだと強く感じました。

次のステップに踏み出すために、”覚悟”することが必要だと感じています。

引き寄せの法則の本がはやっていますね。

このブログでも以前、紹介しました。

そんな私の試行錯誤の中で、実行しようと考えていたことは、ポジティブな思考で毎日を過ごすことなのですが、その前にしっかりと理解しておかないといけないことが有るようです。

それは、夢がかなうと思われている”箱”には、自分の思い(喜怒哀楽)がすべて入れられてしまうということです。

自分の思い如何によっては、その箱が開けられた瞬間、災いや悲しみが四方八方に飛び散る”パンドラの箱”になりうるからです。

怖いですね。

日ごろから”箱”に入る前の、小さなネガティブな思考をポジティブな言葉に置き換える発想が必要となるのだと思います。

私にとって、ネガティブな思考をポジティブに変えるために必要なツールは”WIN・WINの法則”です。

どうして、何故?・・・
と、思った時に少し時間をおいて、相手の事を考えてみる、そして相手も自分も納得できる案を常に考えることです。

このとき必要なことは、相手の重要点は何か?自分の重要点は何かということです。

相手は、ここなら譲れるだろう。自分はここなら譲ることができる・・・・

そんな中から、”案”を考えてみる。

思いすごしになってしまうことも有るのですが、相手の事を思うことには変わりないのですから、一方的な利己主義にはなっていないと感じています。

そしてそこで、理解を得られたことは、自分の心に豊かな感情がもたらされながら”箱”に収めることができます。

こうして、自分の夢に向かって進めることができれば、必ず多くの人から信頼を受けサポートされる夢となり”運を引き寄せる”こととなっていくのだと感じているのです。


少し心が沈む時、こんな言葉をかけてくれる人たちが傍にいてくれると、
ようし!もう少し頑張ってみるか”と、思うことができます。

自分の信念に基づいて行動していても、本当はそれが利己主義になっていないかと、考えます。

それでも、1歩、1歩すすめていくこと・・・
それが、未来に繋がることを信じて・・・

熱い言葉の動画を添えてみます。



今、会社を休んでいる人がいます。
会社のトップの利己主義な”権力”に、反発したのです。

何故、人は権力を持つと”おごり”と”利己主義”に陥るのでしょう。
そのトップも、若きころ権力の醜さを味わったことであろうと思います。

何故、皆がワクワクする仕事になるよう社員の”愛社精神”を育てていくことができないのでしょう。

すべて、自分の”箱”にとじこもったことから生じています。
そしてそうなると歯車は逆に周り始めるのです。

五木寛之の「大河の一滴」の冒頭にこんな文章が有ります。

”毎日の暮らしのなかで、あまりにも人を無視した乱暴な扱いを受けることが有る。なんてひどい連中だ、と心から怒りがこみあげてくることもある。
以前、共産党の支配下の旧ソ連を旅していると、1日に何度となくそういう目にあったものだ。官僚たちだけでなく、ごく一般の庶民の端々にまで小権力をふるまわすいやな男や女たちがたくさんいた。
しかし、そんな社会の片隅で、ときどき驚くような率直な人間性や、自然にあふれでる優しさと出会うこともしばしばあった。
そしてそういうときのうれしさは、たとえようもなかった。”

人はひとりではないのです。心が傷つき視野が小さくなっているとき、思い切って周りを見渡してみてください。
優しい視線に気がつくはずです。

人は醜い・・・・しかし、温かいものだと思います。

温かい人を目指して・・・・・


人の真実の思いが見えないことがあります。

あります・・・・と言うよりも、見えないことが多いのです。

私自身が、”すべて発表!”なんてタイプなので、
”言えない自分”という感情には、
いつも、”なぁぜ~!!”って心で叫んでいます。

10%伝えてもらうことに・・・四苦八苦
30%伝えてもらうことに・・・かなり四苦八苦
50%伝えてもらうことに・・・かなりスペシャル四苦八苦

そして、これが些細な言葉で”おじゃん”になるのです。

でも、”言えない自分”も自分自身の若い時を振り返ると
「そうだったな~私も・・・」と思い出します。

この感情が、みなさんすべてではないと思いますが・・・

”口に出すと、「嘘」に聞こえてくる”のです。

自分の状況を説明するとき、なんだか美辞麗句を並べ
自分を必要以上に美化してしまって、それほどでもない思いや言動に
自分が話しながら「違う・・・!」と思ってしまっていたのです。
そうなると、その後話せなくなる。
・・・・だって、「嘘」なのですから・・・・
全部ではなくても、どこか「嘘」なのです。

人をほめようと思っても・・・・どこかで、そんなこと言ってもあの人にはこんな嫌なところもある。
人に”駄目だし”しようと思っても・・・どこかで、そんんなこと言ってもこの人はこんな好いこともしてくれた。

なんて、問題の視点がずれてしまっているので、しっかりとした言葉で伝えられなかったのだと感じています。

しっかりと、自分の思いを伝えられるようになっていくには、多くの人に出会い、多くの本を読み、多くの感情を経験していくことだなのだと、最近感じ始めました。

私の周りの”無口”さんたちに、このことを1日でも早く知ってほしいと思っています。

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