夢塾 ~私の夢探し~

人生を豊かに変える毎日の気付きを書き込みます。

忘れもしない2010年5月9日このブログを書き始めました。
その最初の投稿に書いた言葉は

喜べば 喜びごとが 喜んで
  喜び集めて 喜びに来る

3年過ぎた今、たくさんの方々から「楽しみにしています。」という言葉をいただき、
その「今」に自分自身が不思議な驚きを持っています。

すばらしい人達と出会いました。
そして、その人達と明日「起業」しようとしていています。

そのチームで私ができることは何なのかまだ明確ではないのです。
そして、その事業の目標も差の先の目的も漠然としています。
でも、まったく焦る気持ちはありません。
漠然とした中のはるか遠い先に光があり、間違いなくチーム全員がその光を目指しているからです。

よく同僚が私に投げかけた言葉があります。
「あなたとは違う!」
この違いに気づいたとき、未来は大きく広がっていきました。
人には計り知れない可能性があります。

何かを目指す人が集まり
何かを成し遂げようと実力を磨き
何かを成し遂げながら成長し
確実に認められながら、次のステージを目指す

必ずどこかで繋がっている、地球儀のようでありたい。

企業名は㈱アースクル(EARTHCLE)
子供たちの未来のために、地球のキレイに本気で取り組む企業でありたいと願っています。

2013年8月19日からのブログは下記のアドレスです。
これからも、日々の気付きを新鮮に書き込みたいと思っています。
皆様の未来が豊かさに包まれますように、願いをこめて・・・

http://mancy.earthcle.com/


会社員としての最後の出勤日となった。
もっと感慨深いものかと創造していたが、そうでもない。
ただ、淡々とした朝を迎えている。

たくさんの人と出逢った。
たくさんの人と語った。
たくさんの人と悩んだ。
そして、たくさんの人と喜んだ。

振り返ると、苦しみの後の楽しさや喜びのみが強い印象として残っている。
そして、神様は私の願いを叶えてくれたと感じている。

人との縁は繋がっている。
名残惜しいのは建物の景観・・・
今はもう古い工場だが、そこに生きた人達の生き様のように見える。
入り組んだ配管、古いタンク、ゴーゴーと低い音をたてて存在を主張している製造棟

今日も仕事を終えた時、建物たちはいつものように私にエールを送ってくれることだろう。
そして、私も願っている。
ここで過ごす人達が、この建物に守られながら心から人生を楽しんでほしいと・・・




「善きことをいだして 聴く人に益を与えよ」

老人性のアルツハイマーで1分と記憶が持たない母は
グループホームで毎日を過ごしている
そんな母でも、いつもたくさんの言葉を私に投げかけてくれる

「少し不安定な状態なので、逢いに来てください」と、連絡があった朝も
たわいない話の中で、この言葉を投げかけてくれた
その朝、私にこの言葉を伝えたかったのかもしれない

目の前のこの一瞬で、目の前にいるその人を喜ばせること
何気ない、その出逢いでその日の色が明るいトーンに変わる

そんな出逢いを、これまで周りの人たちがどれだけ私に与えてくれたことだろう
私もそんな何気ない優しさにあこがれる

「善きことをいだして 聴く人に益を与えよ」
心に留めて置きたい言葉がまた一つ増えた



今、たくさんのものを受け留めながら、これまで取り組んだものを手放そうとしている。
手放すものは、今まで長い年月をかけたすべてのようにも思える。
でも、不思議なことに心の中はフラットな安定感に満ちている。

もっと、もっと自分に能力が有れば、もっと、もっと実現できたものは大きかったかもしれない。
神様は私にそれほどの実力は与えてはくれていなかった。
人にそれぞれの役割を課している。

周りの人の強みがヒシヒシと伝わってくる。
それは、大きな事かもしれないし、些細な事かもしれない。
でも、私にとっては宝物のようにキラキラと輝く大切なもののように感じる。

私とすれ違う人たちが、大きな未来に向けて飛び立ってほしいと願っている。
自分を信じ、自分の可能性を信じて・・・
目の前の小さなことにとらわれることなく、大きな視点で物事をとらえ
一歩、一歩、自分の成すべきことを模索し続けてほしい。

思考に気をつけなさい それはいつか言葉になるから
言葉に気をつけなさい それはいつか行動になるから
行動に気をつけなさい それはいつか習慣になるから
習慣に気をつけなさい それはいつか運命になるから
~マザーテレサ~

私の大好きな「100分で名著」という番組があります。
その番組で、プラトンの「饗宴」という本を取り上げていました。

その本は、はるか2400年も前に書かれたもの
それも、とある家で行われた気楽なパーティーの中で語られる「愛」についての恋愛トークなのです。

しかし、これが深い内容・・・
人間とは何か?生きるとは何か?と、深く語られていきます。

女はもちろん男も含めすべての人は懐妊する状態にある・・・ってくだりには、えっ!どういうこと?
と、驚きの後にすばらしい感動がありました。

懐妊には、生物的に遺伝子を残す懐妊と出産による不死
もう一つは、魂の中での懐妊と出産による不死がある。

人が生きていくとき、毎日何かを生み出し続けている。
その生み出すことによって、その存在であり続ける。
それが、生きることであり精神的な魂による懐妊と出産である。

日々何かを生み出している人は、美しく気高い魂を持つ人との出会いを喜んでいる。
そしてその人がそばにいようと、離れていようと
その人の事を記憶にとどめながら、はらんでいた知恵を産みつけ、懐妊し時期を見て出産する。
魂から生まれる子は現実の子より美しく、不滅の命を持つ「知恵の子」である。

生物的に遺伝子を残すことで死なないということ
でも、それ以上に魂の喜びとして生み出し続け、それが残ることで死なないということ

生物的な事には限界が付きまとうが、魂として生み出すことは、いつでも、誰にでも、どんな状態のときでも
できることなのだろう。
哲学は奥が深い・・・
でも、励まされ前に進みたくなる内容だったのです。

そして、その人がそばにいようと、離れていようとその人の事を記憶にとどめながら・・・
というフレーズでは、これまで出会った多くの美しく気高い魂をもつ人の事を思い出します。
そしてそれもまた、「不死」であると感じるのです。








夏になると思い出す言葉があります。

「世の中は
  豆で 四角で やわらかで
   豆腐のような 人となれ人」

夏のお茶席に掛けられた掛け軸です。
四角い豆腐が墨でさわやかに書かれたその掛軸は、凛とした蝉しぐれの中のお茶席にとても似合っていました。
そして、その言葉を見るたびに淡々と単純に生きる姿勢にあこがれたものです。

今、私はそのように人生を生きているか?

いつも、そしてこれからも問い続けていきたいと思っています。
暑い夏がくるたびに・・・

幸せになる瞬間
そんな言葉が目に入ってきた・・・

周りの人によくこんな質問を投げかけている。
「あなたが嬉しいと思うときはどんな時?」

瞬間の答えはそれぞれ・・・でも、その先には必ずと言っていいほど
自分以外の誰か(何か)のために生かされているご自身の姿を描いている。

人の心の充実感は、そんな他者とのかかわりに生まれるのかもしれない。
誰かの(何かの)ために、今日も1日を過ごすことができたと思うとき
人は幸せに満たされるものだと信じていたい。

「自分一人だけでは何もできないよ。」
昔、私に語ってくれていた暖かな言葉を思い出す。

思い返せばどれだけたくさんの人が私の人生を支えてくださったのだろう。
感謝しなければならない。
そして、その感謝が「幸せの瞬間」と感じている。


毎日が走馬灯のように過ぎていく・・・
今ある現実が過去にかわり記憶となる。

その一瞬は二度とない一瞬、愛おしさがこみ上げてくる

時間という瞬間がこれほど人生に有意義で、やり直すことのできない瞬間だということにいつごろ気付いたのだろう?
その時からたぶん生き方が変わった。

自己を磨く瞬間
人と人との繋がりの瞬間
様々な思考をめぐらす瞬間

すべての人の有限な時間が、今日も1日”豊かさ”に満ちたものであってほしい。

1年近くブログの更新をしていませんでした。

シーナ・アイエンガー教授の「選択」の記録を書き留めながら、「ブログを少しやめてみよう・・・」と、いう
発想が湧いたように記憶しています。

2011年、2012年と周りを取り巻く環境も人の意識も大きく変わりました。
その中で見つめてきたことは、人の意識の奥底に潜む「誰かのために・・・」という思いでした。
人はそれぞれ違います。心のスイッチの位置も全然違う・・・
でも、誰もが自分の言葉や行動が「誰かのためになった」と感じたとき心が喜びで満たされているのです。

年末から年明けにかけて考えさせられる映像を見る機会がありました。
「ザ・シークレット」という引き寄せの法則
「祈り」という人の思考のエネルギーの話

2作で感じたことは人はエネルギー体だということです。
難しい科学の事はわかりませんが、人がこの世に存在していることが大きな奇跡であること
人の身体は未だに解明されない未知の部分があること
そんな身体を持つ私たちは誰もみな、大きな可能性を秘めているのです。

私がこれまで常に強く感じてきたことは「他者の可能性」です。
周りの人たちが持つ大きな可能性にいつも感動しています。

今年はこんなことを考えながら、ブログを書き進めて行きたいと思っています









コロンビア大学シーナ・アイエンガー教授の「選択」の授業5回目(最終回)の放送は、「幸福になるための技術」です。
「幸せになるための選択は何か。そして、それを阻むものは何か」を探っていきます。
「大きな選択だけが幸せに結びつくのではありません。日々積み重ねる小さな選択が結果として幸せになるカギとなるのです。」
人はどうしたら幸福になれるのか?・・・アイエンガー教授は真向からこの問いに挑みます。

幸せを阻む障害物を取り除く秘訣をいくつか挙げてきましたが、ここで最初の設問に戻りましょう。
「幸せになるためにはどんな選択をすればいいか。」です。
ここで大きな問題になるのは、どうやって直感と理性をすり合わせていくかと言うことです。
前に、「情報に基ずく直感」の話をしました。
情報と理論に裏付けされたことを何度も繰り返し実践するうちに、それがだんだん直感のようになっていく。
この理性に裏付けされた直感こそ必要なものだという話をしました。

でも、このやり方は「幸せとは何か。」という問題では使えません。
このやり方はパフォーマンスの結果が数値化され測定可能な形で出てくるときしか使えないのです。
幸せは常に変化しています。

では、どうしたら自分をより意味深い決断へと導くことができるのか。
直感が教えてくれるのは、あなたがたった今、欲しいものは何かという情報です。
直感は、あなたが明日もしくは明後日、欲しいものは教えてくれません。
直感は、今この瞬間に欲しいものしか教えてくれないのです。

美味しそうに見えるチョコレートケーキ・・・
でも、チョコレートケーキを食べた数分後にはそんなに美味しそうには見えなくなる。

では理性、理性は何を教えてくれるのか。
理性はあなたがほしがるべきもの、明日、明後日そして10年後にあなたが欲しくなるであろうものを教えてくれます。
何を欲しいと思うべきかを計算するにあたって、理性は測定可能なもの、数値をより重く扱う傾向にあり、それらを客観的な尺度で測定します。
でも理性は、あなたの直感にとって意味のあるものを測定する尺度は持っていないのです。
ここに問題があります。

つまり明日のあなたを幸せにするものは何かについては直感でも理性でも分からない。
結婚した方がいいのか?しない方がいいのか?、Aという仕事を選ぶべきか?Bを選ぶべきか?、子供を産むべきか?どうか?
何が私たちを幸せにするのでしょう・・・そこで私たちは立ち往生してしまい、ジレンマを抱え込むことになる。

でも、がっかりすることもありません。
何故なら、直感や理性の限界を認識することでこれまでのことよりすっと上手に、選択できるようになるからです。

あなたが何かを選ぼうとしているとしましょう。
二つの仕事の内、どちらかを選ばなければならないとします。
その時、どうやって選びますか?
自分の心の中だけで決めるということはありませんよね。
私たちは選ぶという行為を、個人を掘り下げることだと思いがちですが、外の世界を見ることがとても役に立つのです。

外の世界を見るとはどういうことか?
それは、他の人の選択を見ることです。
Aという仕事を選んだ人を見て、どうなったかを観察し、あなたがその仕事を選んだ場合の数年後の自分の未来を垣間見ることができます。
Bという仕事を選んだ人を見ても、あるいは結婚した人を見ても、しなかった人を見ても・・・
でも、彼らに直接「幸せですか。」と聞くのは意味がありません。
人間は自分が選んだことに順応するものです。そして大抵、「幸せだ。」と、答えます。
ですから、彼らを観察し誰が幸せそうに見えるかを、自分の直感に聞いてみてください。

直感に問いかけて、こっちは幸せそう、こっちは幸せそうじゃないと結論を出すします。
その結果、「あの人は幸せそうだ。」と、いう答えが出たら、あなたもその人と同じような経験をしてみると幸せになれるかもしれません。

理性的な分析は答えを出すのに役立ちます。
でも、これまでの講義でお話しした、個性のバイヤスの罠に気を付けて・・・
私たちはみんな、自分は他人とは違うと思っているけれど、実際はそれほどの違いはない。
自分が他人とそう変わらないと把握しておくことはいいことですし、生きていくうえで役に立ちます。
人がやってみてネガティブな結果が出たことは、あなたがやってもだダメな可能性が高いのです。

そしてダメそうだと思ったら、もしネガティブな結果が出てしまったら、それに対処する方法があるだろうかと考えてみてください。
もし、それが無いのだとしたらそれはあなたにとって正しい選択ではないのかもしれません。

私たちには直感と理性という二つのツールが与えられています。
直感と理性とを使い、自分の外の世界を見ることで長い目で見れば何が自分を幸せにしてくれるのかを突き止めることができるのです。
でも、そうやっていろいろと考えたことでも、自分の選択を修正しなければならなくなったらどうしようと心配になることもあるでしょう。
いいんです。後悔するのは当たり前だと思ってください。

科学的なリサーチによって人間は
しなかったことでの後悔 2 : 1 してしまったことでの後悔
その割合が2対1であることが分かっています。
実際に選択をする際にある程度分析をしてからのものであるならば、チャレンジする価値がある場合が多いのです。

私たちは選択をしたら仕事は終わりだと思いがちです。
実際はそこからが始まりです。
自分がした選択を成功させるには、その選択を成功させるための選択を日々重ねていかなければなりません。

科学の助けを借りることで、私たちはより良い選択をすることができます。
何故なら選択が成功する確率を上げられるからです。
選択という行為の本質は芸術です。
なぜ芸術かというと、その人その人の人生で選択の結果は違ってきますし、全員が同じことを成し遂げようと思っている訳ではないからです。
それに他の人から学ぶことはできますが、同じ方程式にそってやっていけばいいというものでもありません。
人を真似して同じ選択をしても、結果が同じとは限りません。

選択を成功に導くのはあなたがあなたを良く見つめることが必要です。
その過程で知りたかった自分の一面を発見してしまうかもしれません。
それをより良い選択に生かしていきましょう。

今回の講義で、アイエンガー教授が明らかにした幸せになるための選択そのヒントをもう一度ここでおさらいしましょう。

<幸せになるために選択を惑わす障害>

・数値にこだわりすぎること・・・数値化できることに惑わされない事、それには直感が挙げる声を聞き逃さない事です。特に障害を避けることに関して、直感の信頼性は高いのですから・・・

・自分の欲しいものがわからない・・・私たちは時に自分が欲しいものが分からなくなってしまいます。目の前の事に直感は弱いからです。将来のことを考えられるのは理性で、直感と理性のバランスが重要です。

・幸せをもたらすものへの過度の期待・・・幸せを求めるととかく物やお金に目標が向かいがちです。その幸せの中身をもう一度考えてみてください。物やお金は手段であっても、本当の目標ではありません。幸せをもたらすもの本当に価値あることにお金は関係なことが多いのです。

・分かっていても間違った選択をしてしまう・・・私たちはいつも誘惑に負けやすい。理性で計算しているかのように振る舞っていても、その時だけの直感にそそのかされ間違った選択に導かれてしまいます。直感が下そうとする選択には明日の事は考慮されていないからです。

歴史上の偉人はどこかで困難な選択を乗り換えてきた人たちです。
1回目の講義で私は、現代社会で成功した人の成功のカギとなった資質は、他の人が選択の余地がないと思うことに選択を見出す資質だと言いました。
でも、成功した個人に共通する資質はもう一つあります。
それは、目的を達成するために真剣に選択をいう芸術を実践していく強い意志の力です。
私たちの存在も芸術だと考えることもできます。
私たちは選択することで、傑作を作り上げていきます。
決断を下すごとに、自分という人間の姿を石から彫刻を掘り出すように作り上げていくのです。
私たちは皆、選択という進化を通して自分自身を発見するための彫刻を続けているのです。
私たちが今日、何を選択していきなり人生が変わるとはあまり考えられません。
でも、選択を日々積み重ねることによって、私たちは人生を替え、満ち足りた人生へと近づいていけるのです。

偉大な作家、ブラナリ-・オコナーの言葉に
「私は 自分が知っていることを発見するために書く」と、いう言葉があります。
これを、私なりに書き換えてみると
「私は自分が何者かを発見するために選択する。」
そして、そのプロセスにおいて私たちは「最も美しい唯一の自分」を造り上げることができるのです。

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素晴らしい講義でした。
こうして書き留めてみると、聴くだけでは理解できていなかった部分も読み取ることができます。
日々、他者を尊重し、他者を理解し、自分を見つめ、最良の選択を求めながら失敗を繰り返していこうと思っています。
明日の「唯一の自分」を目指して・・・

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